東京高等裁判所 平成12年(行コ)134号 判決 2000年6月28日
控訴人
(前荒川区長) 藤枝和博
上記訴訟代理人弁護士
山下一雄
被控訴人
関猛
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、東京都荒川区の区長である控訴人が、区議会事務局の支出の命令に関する事務を委任している荒川区議会事務局長に対する指揮監督を怠ったため、議員の議会運営委員会理事会への出席が、東京都荒川区議会議員の報酬、費用弁償及び期末手当に関する条例(費用弁償条例)の定める事由に該当しないにもかかわらず、議員に対する費用弁償に関する支出命令を行い、その結果荒川区に費用弁償額と同額の損害を与えたとして、荒川区の住民である被控訴人が、地方自治法242条の2第1項4号前段に基づき、荒川区に代位して、控訴人に右損害の賠償を求めた事案である。原審は、被控訴人の請求を認容したので、控訴人はこれを不服として控訴したものである。
二 「地方自治法及び条例等の定め」、「前提となる事実」及び「当事者双方の主張」は、控訴人の当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二の一ないし三に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 議会運営委員会理事会について
(一) 委員会条例6条2項は、委員会、理事若干を置くことができると規定し、複数の理事を置くことを予定しているのであるから、同条例自体が複数の理事によって組織される理事会の設置を予定しているものと見るべきである。このように、理事会の設置根拠は委員会条例に求められるのであって、議会運営協議会の決定である理事会運営要領に設置根拠を有するものではない。そして、委員会条例は、理事会の具体的な構成や運営等については、議会の有する議会運営の自主、自律的権限を尊重し、議会が自らその権限に基づき規範(要領)を定めることを議会に委ねたものと解すべきなのである。これを受けて、荒川区議会運営協議会は、理事会の運営等について協議したうえ理事会運営要領(〔証拠略〕)を決定したのである。
このように、議会運営委員会理事会は、議会運営委員会の内部に設置された合議体の機関であって、委員会の一部を構成しているのである。
(二) 議会運営委員会理事会は、委員会条例に根拠を有するものであるが、幹事長会は、議会運営協議会が、各会派の連絡調整、議員全体に関する事項等について協議するため、幹事長会規約を定めて荒川区議会に設置したものであり、委員会条例に準拠して設置されたものではない。したがって、幹事長会において議会運営に関して決定等を行っても、これらの決定等は法や条例に根拠を有するものではないので、同理事会において改めてこれらの事項について決定する必要がある。このような必要性から同理事会が開催されるのであるから、幹事長会に引き続きなされ、その時間が短時間であったとしても、そのことをもって出席議員の費用弁償のために開催されたということはできない。
2 費用弁償条例7条1項について
本件理事会は、議会運営委員会の内部に設置された合議体の機関であり、同委員会の一部といえるのであるから、本件理事会に出席した議員に対して費用弁償したとしても何ら違法ではない。
3 控訴人の過失について
費用弁償条例7条1項にいう「委員会への出席」には「理事会への出席」が含まれるかどうかは条例の解釈に関わることであり、その判断は容易ではないのである。そうであれば、控訴人が「委員会への出席」には「理事会への出席」が含まれると解釈したことは無理からぬことであり、控訴人に条例の解釈につき過失があったと判断することはできない。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も被控訴人の本訴請求は理由があるので認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」第三に説示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
1 原判決21頁7行目の「委員長」を「委員会」に改める。
2 同29頁11行目の「幹事長会」から同30頁2行目の「1項」までを次のとおり改める。
「協議を行うことなど予定されていない全く形式的な会議であって、理事会としての実体を全く有していないといわざるを得ず、本件理事会への出席をもって委員会への出席であるとか、公務であるとは到底評価しえない。
控訴人は、前認定のとおり議院運営委員会理事会への出席をもって費用弁償条例7条1項の費用弁償をすべき場合のいずれにも当たらないことについてこれを知り得る立場にあり、また本件理事会の実態に照らしても理事会を開催したとはいえないのであるから、同項」
二 当審における控訴人の主張に対する判断
1 議会運営委員会理事会について
委員会条例6条2項は、委員会には複数の理事を置くことを予定しているが、条例自体が理事会についての定めを置いていないことからすると、右規定から直ちに条例が委員会に理事会を設置することを予定しているとは認められない。また、議会運営委員会理事会の理事会運営要領は、議会運営委員会が設置される以前に、議会運営協議会が同協議会の決定として定めたものであって、議員運営委員会や同理事会が定めたものではないのである。このように同理事会の基本となる運営要領が別組織である議会運営協議会によって決定されたものであることからすると、本件理事会は、議会運営委員会が設置され、理事が選任された際に、その理事である議員によって構成される組織体というべきであって、それは幹事長会が議会運営協議会によって設置されたと同様、議会運営協議会に設置されたものにすぎず、議会運営委員会の一部を構成するものとはいえない。したがって、本件理事会の決定が委員会条例に根拠を置くとは認められない。
2 費用弁償条例7条1項について
前認定のとおり、【要旨1】本件理事会を議会運営委員会の一部と認定することはできないし、その活動をもって委員会活動とみることはできないから、その出席をもって公務といえないことも明らかである。したがって、費用弁償条例7条1項の費用弁償をすべき場合に当たらない。
3 控訴人の過失について
前認定のとおり、【要旨2】本件理事会への出席は、費用弁償条例7条1項の費用弁償をすべき場合に当たらないのであり、控訴人は区長として費用弁償をしてはならないことを知りうる立場にあったのであるから、事務局長に対してその支出命令を阻止すべきであったのにこれを怠ったというべきである。なお、同項の規定は費用弁償をすべき場合として「委員会に出席したとき」としており、文言上理事会を含む表現でないこと、同項の解釈はみだりに拡大すべきでないことに照らすと、控訴人に対して「委員会に出席したとき」には「理事会に出席したとき」は含まないとの判断を求めることが無理からぬことであるとはいえない。
4 以上のとおり、控訴人の主張はいずれも理由がない。
よって、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 井上稔 遠山廣直)